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られたのでしたら、尚更殿には、勝三郎殿の弓をお取り上げになる理由はございませぬなぁ」
と、思わず例の件を口にしてしまった。
信長は笑顔を一瞬で訝しげな表情に変えると、静かに濃姫を見やった。
「勝の弓じゃと…?」
濃姫はハッとなって両の手で口元を押さえたが、限りなく手遅れだった。
「お濃、何故そなたがその話を知っておるのじゃ!?」
「……畏れながらそれは…」https://cutismedi.com.hk/promotion/15/%E8%82%89%E6%AF%92%E6%A1%BF%E8%8F%8C%E7%B4%A0_680
濃姫は言葉に詰まった。
自分が信長の身辺を調べていた事がバレるのは、一向に構わなかった。
だが、勝三郎が弓を差し出したのが本人の意思ではなく、こちらが指示した為だと知れたら、
彼の信頼が失われてしまうのではないかと、濃姫は危惧したのである。
焦った姫は魚のように数度ぱくぱくと口を動かすと
「…ひ…平手殿に伺ったのです。殿が勝三郎殿の弓を所望されたと…」
「嘘を申すな!儂はここ最近平手の爺とは口も利いておらぬわ!勝自身が話さぬ限りは知り得ようはずがない」
信長は妻の苦し紛れの言い訳を一蹴すると
「よもや勝が、弓の件を誰ともなく触れ回っておる訳ではあるまいな?」
「無論、左様なことはございませぬっ」
「分かっておる。勝はそのような男ではない」
「……」
「本当のことを申せ。何を隠しておるのだ?」
うつけのうの字も感じさせない摯実たる面持ちで、信長はひたと濃姫を見つめた。
こうなると蛇に睨まれた蛙。
濃姫はぴくりとも動けなかった。
感の鋭い夫に、これ以上の下手な言い訳や誤魔化しは通用すまい。
もはや仕方なし──。
そう判断するや否や、濃姫は淑やかにその場に双の手をつかえた。
「どうぞお許し下さいませ。私の、尾張に来てからの悪癖が出ましてございます」
「悪癖とな?」
「殿の不可解な言動の真意を暴こうとしたがる、仕様のない悪癖にございます」
姫は動揺を押し隠し、あくまでも毅然として申し上げた。
「此度は、殿が急に私の短刀を所望なされた件がどうしても気にかかり、
まことに勝手ながら、勝三郎殿を使こうて殿のご行動を調べさせていただきました」
「もしや、勝が儂に弓を差し出す決心をしたのも、そなたの入れ知恵があってのことか?」
「御意にございます。でなければ判断出来ぬこともございました故」
「ほぉ…。 して、分かったのか?儂の真意とやらが」
信長の問いに、濃姫は静かに首肯する。
「畏れながら、殿が御葬儀の場で抹香を投げつけられた理由と同じであれば、私の考えは当たっているかと」
信長の片眉がぴくりと波うった。
それを見て、濃姫は確かな手応えを感じたが、その点についてはあえて言葉を重ねず
「されども、勝三郎殿が殿に弓を差し出したのは、ひとえに殿をご信頼し、己の一生を捧げられるお方と、あなた様を見込まれたからにございます。
どうぞ、あの者の忠心だけはお疑いになられませぬよう、改めて願い奉ります」
と、濃姫は慇懃に低頭した。
側の三保野もお菜津も、主人に合わせるように慌てて頭を下げてゆく。
信長は腕組みをし、暫らくの間、鋭い眼光で姫や侍女たちを黙視し続けた。
が、ややあってはーっと深い息を吐くと
「ならば初めからそう申さぬか。勝まで巻き込んで、どんな大事を隠しているのかと思えば……たかがそれしきの事」
信長は頭をかきながら、呆れと安堵が入り雑じったような、複雑な表情を浮かべた。
姫は恐る恐る顔を上げる。